中村哲先生

12月3日、Yahooニュースの号外で悲報が入ってきました。アフガニスタンで医療を含む人道支援活動をされていた中村哲先生が車で移動中に何者かに銃撃され、命を落としました。

中村先生はパキスタンのペシャワールというところで1984年ごろから活動され、人道支援を続けておられました。私も中村先生のことを認識したのは高校生くらいの頃でしたから1997年ごろでしょうか。

その頃から、漠然と海外で医師として人道支援をする中村先生のことをすごいと思い、尊敬し、中村先生のように海外で活躍する医師になりたいと、医師を目指す動機のひとつになりました。そして同じ日本人として誇らしさも感じさせていただきました。

あれから23年が経ち、私は38歳の整形外科医です。家庭を持ち、安定志向へと思考が優先され、海外への意欲は失せてしまいました。もともと才能のない凡人が、あからさまに凡人らしくなってしまった私でも、中村先生の悲報は胸に突き刺さり、やるせない思い、悲しい思い、やはり神は存在しない、と本当に救われない世界だなと認識しました。

私でさえこの胸中ですから、ご家族や一緒に支援活動をしていたスタッフの人の悲しみは察するに余りあります。新聞や各種報道でも大きく取り上げられていました。中村先生の支援活動期間は30年以上にも及ぶので、ほとんどの世代の人が知っていたのでしょう。

中村先生は多くの著書を遺されました。今さらですが、wikipediaに載っていた下記の著書を読んでいきたいと思います。そして、中村先生の歩みをもう少し勉強したいと思います。自分がどう変わるかはわかりません。おそらく変わらないでしょう。私は目の前の患者に対応し、家庭を守っていくのが精一杯な男です。そして今さらわざわざ危険な国で働きたいとはおそらく思わないでしょう、つまらないかもしれませんがきっとそうなんです。治安の良い日本で働き、そこそこの収入で家族を養い、人生を終える。それである程度満たされてしまっているんです。でもどこか、足りない、何でしょうね、この気持ち…

中村先生、ご冥福を心よりお祈りいたします…

あなたは日本人の誇りです

  • 『ペシャワールにて 癩そしてアフガン難民』石風社 1989年
  • 『ペシャワールからの報告 現地医療現場で考える』河合ブックレット 1990年
  • 『アフガニスタンの診療所から』筑摩書房 ちくまプリマーブックス 1993年 のち文庫 
  • 『ダラエ・ヌールへの道 アフガン難民とともに』石風社 1993年
  • 『医は国境を越えて』石風社 1999年
  • 『医者井戸を掘る―アフガン旱魃との闘い』石風社 2001年
  • 『ほんとうのアフガニスタン―18年間“闘う平和主義”をつらぬいてきた医師の現場報告』光文社 2002年
  • 『医者よ、信念はいらないまず命を救え! アフガニスタンで「井戸を掘る」医者中村哲』羊土社 2003年
  • 『辺境で診る辺境から見る』石風社 2003年
  • 『アフガニスタンで考える―国際貢献と憲法九条』岩波ブックレット 2006年
  • 『医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構に挑む』石風社 2007年
  • 『天、共に在り―アフガニスタン三十年の闘い』NHK出版 2013年

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1浪して医学部入学 ↓ 留年・浪人することなく卒業 ↓ やりたい科目が見つからず、ぷらぷらしていると 整形外科部長にテニスで勝負して負けたら整形外科に入れと言われ 0-6で負ける ↓ 整形外科の道へ ↓ 救急外傷、一般整形を8年修行 ↓ 血迷って大学院へ ↓ 研究がうまくいかず、一時美容整形外科になろうとするも辞める勇気なく断念 ↓ 流れ悪く、FXで300万損失 ↓ ようやく研究に終わりが見える←いまここ